父母もその父母もわが身なり (160909)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

今週の倫理より
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自分のことを心から思ってくれる親の存在ほど、ありがたいもの
はありません。〈子供の頃、どれだけ自分を可愛がってくれただ
ろう〉〈病気の時、寝ずに看病してくれた〉〈苦労して働いて、
学校を出してくれた〉たとえ親が亡くなっていたとしても、こう
したことを思うたびに、心が温かくなるものです。

では、親に直接的な愛情をかけてもらえなかった人は、どうでし
ょう。世の中には、親の愛情を感じられない人もたくさんいます。
叱られたり、粗末に扱われたことしか思い出せない人もいます。
そうした人は、親を恨み、憎んで当たり前なのでしょうか。

いや、決してそうではありません。親に対する感謝は、生命付与
の一事に尽きるのです。

わが生命は、父母によってこの世に生み出されました。親がいな
かったら今の自分はいません。このことへの感謝は無条件です。
生命付与という点では、父母もまた、祖父母に生命を享けていま
す。祖先がいなければ、両親も、今の自分も、子供も、孫たちの
存在もありません。

「父母(ちちはは)も その父母も 我身(わがみ)なり われ
を愛せよ 我を敬(けい)せよ」

これは二宮尊徳翁の道歌です。父母、その父母と連綿と命が続い
てきたからこそ自分の命がある。体の中に、親祖先の尊い命があ
ることを思えば、自分を愛し、自分を敬うような生き方をしなけ
ればならないということです。同時に、わが生命のもとである親
祖先を大事にすることが、自分自身を大切にすることでもあるの
です。

亡き人の墓参は、死者を大切にするという心のあらわれです。祖
先の墓を大事にし、供養していくことは、祖先を喜ばせることに
なります。ひいては自分の生命を大切にすることにほかなりませ
ん。

若い頃、さんざん親不孝をしてきたというAさんは、墓参を月一
回、コツコツと三十年間続けてきました。お墓を大切にすること
は、自分自身を大切にすることであると気づいたからです。

Aさんはまず、お墓周辺をきれいに清掃してから、親祖先に近況
を報告し、今あることの幸せに感謝して、お礼を述べています。
時には自身の若い頃の過ちや親を悲しませてきたことを反省し、
墓前で詫びることもあります。

忙しいAさんにとって、この墓参の時間は、親祖先と向き合い、
自分と向き合う貴重な時間であるといいます。「だから墓参は自
分のためでもあるのです」と語るAさん。月に一度、その時々の
決意を親祖先の御霊に誓い、気持ちを引き締めることが、なくて
はならない習慣となっているのです。

自分の生命の元である親に純情な心で対座する時、その生命はい
よいよ純化して、思いがけない力が湧いてきます。

Aさんの場合は月に一度ですが、人それぞれに事情は違うでしょ
う。毎日、週一、月一、年一と自分なりに決めて定期的にお墓に
参ることで、自己の生命力を更に輝かせたいものです。
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父母もその父母もわが身なり


 

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