3人寄れば文殊の知恵 (160927)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

先日、東京で仕事をしている長女から電話がありました。内容は、
「仕事が一杯いっぱいでどうしたらいい?」とのことでした。僕
からは、「自分で抱え込まずに誰かに相談しなさい」と伝えまし
た。

翌日、晴れた声で、「相談して良かった。気分的に軽くなった気
がする」と言ってました。

「三人寄れば文殊の知恵」というのを思い出し、感性論哲学でも
次のように言っています。

———————————————————-
人間は不完全だから自分ひとりの考えでは人生の問題をすべて乗
り越えることは不可能です。問題を乗り越えたとしても、もっと
良い方法があったかもしれないと悩むかもしれません。

どんな立派な人でも、人間は自分の肉体のある場所でしか考えら
れないし、判断できません。

私たちは、常に自分の考えや判断には偏見があるという自覚を持
っている必要があります。これまでは偏見を持ってはならないと
言われ、偏見をなくすための努力を要求してきましたが、偏見は
原理的になくならないのです。

偏見とは、間違っているといいうことではなく、正しいけれど偏
っているということです。

偏見をなくす努力をした人は、自分の考えには偏見はないと思っ
てしまいます。自分と異なる考えは、偏見だと考えて、自分の偏
見のない考えで、相手の偏見のある考えを修正し、正しい考えに、
あらためさせようとして、傲慢にも説得しようとする。

こうして真理はひとつと考え、画一性を追求する理性の働きが、
人間から血の通った温かな心づかいや思いやりを奪い、人間性を
破壊し、悲しい対立を社会に作りだしてしまうことになるのです。

人間が現実を正しくとらえて問題に対処するためには、自分の考
えと、相手の考えと、第三者の考えを統合して判断する必要があ
ります。

それは現実の空間が、三次元という構造を持つものであると同時
に、意識の構造も1人称、2人称、3人称という立場を持ってい
るからです。

生きた現実を把握するためには、この3つの立場からの見解を統
合する必要があるのです。

これが「3人寄れば文殊の知恵」と言われている根拠なのです。

私たちは、決して自分ひとりで問題を乗り越えなければならない
と考える必要はありません。あと2人の人間の力を借りて、たす
けてもらって良いのです。

ひとりで悩まず、立場の違う考えを聞き、それを取り入れること
で、よりよい答に近づくことができるのです。
———————————————————-

まさに知恵を出し合う時代になりました。


 

ページの先頭へページの先頭へ
株式会社ドゥアイネット
は、iOS/AndroidのARアプリ開発とWebシステム開発を中心としたIT関連サービスを提供しているシステム開発会社です。