捨てる前に礼をつくす (161130)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

今週の倫理より
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現代人は、大変なことを忘れてきた。「後始末」である。特に、
個人として、家庭、工場、会社その他などから出したゴミの類で
ある。

そのために人間生活の破綻が迫っている。中には、そういう事実
もまだ知らずに、あるいは知っていても、われ関せずの利己的な
態度で、どしどし自分のゴミを放出している人たちがいるのであ
る。

どうしたらゴミ処理の名案を、生み出すことができるであろうか。
政治的解決の手段は当然必要だが、一方私たちが、今日から早速
自分の出したゴミに対して、後始末をよくするとともに、できる
だけゴミを出さないで済むように、実践することだ。

だがゴミというものは、どうしても出さなければ、生活できない
のも事実である。だからゴミ処理という後始末をよくするために
は、根本の心がけが、もう一つ奥にあるべきだ。

それは出したゴミに対して、感謝の念を持つことだ。つまり、
「わがゴミよ、ありがとう!」と、始末することだ。なぜそうす
るのが、根本的になるのか。その訳はこうである。

第一にゴミといっても、それは有益なものとして、いずれまた自
分にかえってくるものだからである。一般的にいって、ゴミの類
は、また私たちのために形を変え、中味を変えて役立ってくれる
ようになるものなのである。だから、そうしたものを捨てる時、
わが子を旅立たせるような気持ちで、ゴミを送り出すのが本当な
のだ。

第二にゴミといっても、もともとは必要なものだったからである。
包み紙にしても、物によってはそれがなければ困るようなものも
あるのである。たとえば小包を送るのに裸のままではどうしよう
もあるまい。包み紙あっての小包なのだ。どうして軽視すること
ができようか。

今まで使っていた電器製品など、役に立たなくなると、ポンと投
げ棄てて、顧みもしないようだが、とんでもないことだ。人間だ
って、さんざん使われ、役に立たなくなったからといって、ポイ
と棄てられてしまったのでは、怨みと立腹しか残るまい。物でも
同じことだ。

「今までごくろうだったね。お前の用も終わったようだから、や
むなく処分させてもらうけれど、また形を変えてやってきて、役
立っておくれ。どうもありがとう。ではまたね……」

といった心で処分するのが当然だ。このように美しい、本当の人
間らしい愛情で後始末をするとき、またはそうするような人の所
で、物は生き生きとその個性を十分に発揮できるようになるので
ある。

総じて人類は、科学技術の進歩とともに、そして生活が便利にな
っていくにつれて、大自然の尊さ、物のありがたさなどを忘れて
しまい、利己主義的なわがまま勝手な生活にうつつをぬかし、そ
のためいろいろな公害を招いて、われとわが身を滅ぼしつつある
のである。

いろいろな仕組みは複雑になってきているが、もとは簡単なので
ある。繰り返して言う。「ありがとうと、後始末をよくする」と
いう簡単なことを実行することだ。これによって日常生活がぐっ
と引き締まり、生きる喜びが増えてくるという事実を体験するこ
とだ。(新世書房刊『繁栄の法則』より)
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何事にも感謝の気持ちは大事ですね。


 

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