お母さんの力 (110814)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

あす8月15日は終戦66年を迎えます。『致知』では、これま
で戦争を体験された方々に、ご自身の戦争体験について語ってい
ただいています。

第2回目は、東井義雄先生の講演録ということで、致知出版より
メールが配信されていました。原爆の話だけに他人事ではありま
せん。感動しました。

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東井:長崎に、原子爆弾が落ちました時、当時、10歳であった
荻野美智子ちゃんという女の子の作文をちょっと聞いてください。

雲もなく、からりと晴れたその日であった。私たち兄弟は、家の
2階で、ままごとをして遊んでいた。その時、ピカリと稲妻が走
った。あっというた時にはもう家の下敷きになって、身動き一つ
できなかった。

(大きいお姉さんが水兵さんを4、5人呼んできて、美智子さん
は救出されました。しかし……。)

その時、また向こうのほうで、小さな子の泣き声が漏れてきた。
それは二つになる妹が、家の下敷きになっているのであった。急
いで行ってみると、妹は大きな梁(はり)に足を挟まれて、泣き
狂っている。

4、5人の水兵さんが、みんな力を合わせてそれを取り除けよう
としたが、梁は4本つづきの大きなものでビクともしない。

水兵さんたちは、もうこれはダメだと言い出した。よその人たち
が水兵さんたちの加勢を頼みに来たので、水兵さんたちは向こう
へ走っていってしまった。

お母さんは、何をまごまごしているのだろう、早く帰ってきてく
ださい。妹の足がちぎれてしまうのに……。

私はすっかり困ってしまい、ただ背伸びをして、あたりを見回し
ているばかりだった。

その時、向こうから矢のように走ってくる人が目についた。頭の
髪の毛が乱れている。女の人だ。裸らしい。むらさき色の体。大
きな声を掛けて、私たちに呼びかけた。

ああ、それがお母さんでした――。「お母ちゃん!」私たちも大
声で呼んだ。あちこちで火の手があがり始めた。

火がすぐ近くで燃え上がった。お母さんの顔が真っ青に変わった。
お母さんは小さい妹を見下ろしている。妹の小さい目が下から見
上げている。お母さんは、ずっと目を動かして、梁の重なり方を
見回した。

やがてわずかな隙間に身をいれ、一ヶ所を右肩にあて、下くちび
るをうんとかみしめると、うううーと全身に力を込めた。パリパ
リと音がして、梁が浮かび上がった。

妹の足がはずれた。大きい姉さんが妹をすぐ引き出した。お母さ
んも飛び上がってきた。そして、妹を胸にかたく抱きしめた。し
ばらくしてから思い出したように私たちは、大声をあげて泣き始
めた……。

お母さんはなすをもいでいる時、爆弾にやられたのだ。もんぺも
焼き切れ、ちぎれ飛び、ほとんど裸になっていた。髪の毛はパー
マネントウエーブをかけすぎたように赤く縮れていた。体中の皮
は大火傷で、じゅるじゅるになっていた。

さっき梁を担いで押し上げた右肩のところだけ皮がべろりと剥げ
て、肉が現れ、赤い血がしきりににじみ出ていた。

お母さんはぐったりとなって倒れた。お母さんは苦しみはじめ、
悶え悶えてその晩死にました。

東井:これは、特別力持ちのお母さんだったのでしょうか。4人
も5人もの水兵さんが、力を合わせてもびくともしないものを動
かす、力持ちのお母さんだったのでしょうか。

皆さんのお母さんも皆さんがこうなったらこうせずにはおれない。
しかもこの力が出てくださるのが、お母さんという方なんです。

女子の皆さんは、やがてこういうお母さんになってくれりゃなら
んのです。女になることはいいかげんなことじゃないんです。
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