保育の神様とひとりの少年(120422)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

「保育の神様とひとりの少年」斎藤公子(さくら・さくらんぼ保
育園創設者)『致知』2008年6月号特集「人生の道標」より

———————————————————-
保育の仕事に携わって約60年。この間、健常児以外にも、父親
が自分の娘に生ませた子どもを生まれてからずっと押し入れに閉
じこめていたり、貧しさゆえに客商売をしていた母親から障害を
持って生まれた子どもなど、実にいろいろな子を預かってきまし
た。

しかし、入園希望を断ったことはありません。保育は命を預かる
仕事です。常に命懸けで臨んできました。それだけに一人の人生
が花開いた時の喜びは、それまでの苦労を忘れさせてくれるもの
です。

私は一度、大声をあげて泣いたことがあります。

「さくら保育園」を立ち上げて間もない頃、骨と皮だけのように
痩せこけた東京の乳児を、ある事情で預かることになりました。

その乳児を私は毎晩抱きしめて眠らせ、その子もまた私をとても
慕うようになりました。

ところが、年長になった時、その子の父親が突然来て、連れて帰
ったのです。

親権がある以上、どうしようもありません。私は体が引き裂かれ
るようでした。

グッと我慢したものの、ついに堪えきれなくなって我が家に帰り、
人知れず大声で泣いたのです。

その子がすっかり見違えた少年になって久々に園に顔を出してく
れたのは中学生の時でした。以来、時々園を訪れては園児と遊ん
でくれるようになりました。

さらに時を経て、成人したその子からある時、連絡が入りました。
結婚するので主賓の席に座ってほしいという通知でした。私は喜
んで出席し、スピーチでは自分が大泣きした時の話をしました。

彼は私の話を神妙な表情で聞いていましたが、式が終わり皆を見
送るや、私に駆けより抱きついて泣きじゃくるのです。見ると彼
の奥さんも泣いていました。

長年の胸のつかえが取れたのに違いありません。

いつまでも私の心に残るさわやかな思い出の一つです。
———————————————————-

斉藤先生のような経験はないかもしれませんが、人生のうち一つ
や二つ、爽やかな思い出を残したいものです。

 

ページの先頭へページの先頭へ
株式会社ドゥアイネット
は、iOS/AndroidのARアプリ開発とWebシステム開発を中心としたIT関連サービスを提供しているシステム開発会社です。