人には語りつくせない歴史がある(120525)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

先日の日創研長崎経営研究会の講演会、講師を務めて頂いた真鍋
明氏の奥様による「心に残るありがとう」作文です。それでは、
ご紹介させて頂きます。

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娘よ、ありがとう 真鍋由美子 心に残る ありがとうより

あれは平成10年12月11日、それまで体調不良で不登校を繰
り返していた娘に“脳腫瘍”と診断が下りました。

「悪性の癌?」、当時、主人も躁うつ病で苦しんでいる時でした。
私は小学6年と保育園年長組の息子を夫の両親と主人に頼み、娘
の入院生活が始まりました。

娘の原因不明の頭痛と吐き気との闘いが始まって1年半がたって、
ようやく病名がわかりました。その間、何度も検査しましたが、
癌を発見することはできませんでした。

私は飲食店を経営しているところへ嫁いできました。当然、店の
手伝いをしながらの子育てです。当時、主人も仕事復帰ができず、
私は主人の分も、とのおもいで必死でお店を手伝っておりました
ので、娘が「頭が痛い」と訴えるのも、半分は私の気を引くため
だと思っていました。

まさか、我が子が癌におかされているとは思いもしなかったから
です。気づけなかった事を悔やんだ日々でした。

辛い検査が始まりました。9歳の娘に癌の事を伝えるわけにもい
かず、なだめ、ごまかし、年末まで検査は続きました。

クリスマスを病院で過ごす娘を見た時に私は、「ごめんね、産ま
なければ、こんな苦しい思いをさせずにすんだのに」と思い、ひ
とり涙しました。

検査の結果、年が明けた1月より抗ガン剤投与が3クールにわた
って行われました。苦しい治療にも耐えてくれ、退院する事はで
きましたが、下垂体を損失してしまった後遺症から、ホルモンの
バランスがうまくとれず、今もまだ体調不良と闘っています。

娘の病気は、私に何を気づかせてくれたのでしょう。今、ここに
命ある事の喜び、普通にできる事、当たり前の事が小さな幸せで
あること。

娘の外見は健常者と変わりません。私がイライラしていると、つ
い娘に「家でゴロゴロしないで何か手伝ってよ」とあたってしま
います。

まだまだ娘の体調をわかってやれない私ですが、疲れて帰宅する
と、必ず両手を広げて 「おかえり!!」と、むかえてくれます。

「19歳になる娘がなかなか抱きついてはくれんよ!!」と笑顔
で言ってくれます。

「私は病気になって良かったと思うんよ。だって弱い人の気持ち
がわかれたもん」、「私は父さんと母さんの子どもに生まれて良
かったと思うんよ」この言葉が私にとって何よりの救いです。

娘よ、ありがとう。あなたの母になれて良かったです。
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人には語りつくせない歴史があるものだと思います。今日の徳目
は感謝です。

 

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