覚悟した時に始まる自己成就への道(120630)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

覚悟した時に始まる自己成就への道。今週の倫理です。
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精魂を込めた名工の仕事ぶりは、日本の伝統を支えてきた「技」
の一つです。現代ではデザイナーと名工との共同作業も見られま
す。国内外で評価の高い、柳宗理(やなぎ・そうり)氏と㈱天童木
工の作品「バタフライスツール」という椅子などは、その一つと
いえるでしょう。

物作りに従事する四十代のM氏が、作品が売れないと途方に暮れ
ていた時のことです。東京都の小平市立平櫛田中彫刻美術館で、
平櫛田中(ひらくし・でんちゅう)氏の「いまやらねばいつできる、
わしがやらねばたれがやる」の書を見つけました。そして〈自分
にできることは何なのだろう〉と振り返ったのです。

M氏が物作りの世界で生きる決心をし、ある師匠に弟子入りをし
たのは二十六歳の時でした。当時七十歳の師匠が「六十、七十は
鼻たれ小僧。男ざかりは百から百から、わしもこれからこれから」
という平櫛氏の言葉があると教えてくれたのです。

そしてその師匠は「私などまだまだ鼻たれ小僧だ。ここからだ」
と力強く語ったのです。

平櫛氏は明治五年に現在の岡山県井原市に生まれ、青年期に大阪
の人形師・中谷省古の元で彫刻修業をした後、上京して高村光雲
の門下生となりました。精神性の強い彫刻作品を制作したことで
知られます。

彫刻家の平櫛氏が、本格的に「書」に打ち込むようになったのは、
八十歳を過ぎた頃といわれています。老齢により耳が不自由にな
ってからは、電話が使えないので毎日のように手紙を書いて連絡
をとっていました。

百七歳でその生を全うしますが、百歳の誕生日の時に向こう三十
年分の彫刻の材料を買い込み、そこで「六十、七十は…」の言葉
が生まれたのです。

美術館のフロアにたたずむM氏の脳裏に、往時の師とのやりとり
が甦りました。そして今の自分の身を省みたのです。

〈この資材は何年後かにはもう使わなくなるものだから、という
頭でいたとしたらどうか。平櫛氏のように三十年分の材料を購入
することはできないだろうが、果たして自分はどれだけの覚悟を
持って仕事に精魂を傾けているだろうか〉

そして〈時勢や経済に責任転嫁をし、自分ができる物作りに全身
全霊で打ち込んでいただろうか。いや違う〉と強く思ったのでし
た。

決心とは、平櫛氏のように準備を万端にすることで退路を断ち、
現実の事柄と誠実に向き合っていくことです。目の前の現象に右
往左往し、「もしかしたら」「たぶん」「~と思う」などの言葉
に甘えを求めて、塞いだはずの退路を突貫工事しているようでは、
決心したとは言えません。

「決心は九分の成就」です。断固とした決心を元に、諦めず、め
げず、「これでもか、これでもか」と繰り返し繰り返し行なうこ
とで、強固な信念は培われるのです。
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これでもか、これもか。繰り返し繰り返し行っていきましょう。

 

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