人生、言ってみるもんである(120825)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

「人生、言ってみるもんである」水谷謹人氏が書かれてあるみや
ざき中央新聞より紹介します。

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こんな話を聞いた。その母親は2歳の娘と買い物に行くとき、い
つも小さなお菓子を買ってあげる。その際、母親はこう言うそう
だ。「ちっちゃいの1つね」

女の子が高額な、と言っても100円くらいのお菓子だが、そっ
ちを掴もうとすると、「こっちにしなさい」と、バラ売りの20
円のお菓子1個を取るように言う。

これが習慣となって今ではスーパーに行くと、「ちっちゃいの、
ちっちゃいの」が合い言葉になっている。

ところがである。たまにおじいちゃんと買い物に行くとき、その
子は滅多にないそのチャンスを見逃さない。

日頃から目を付けている高額のお菓子を2つ掴んで持ってくるの
だ。当然、おじいちゃんは言う、「1つにしなさい」。

しかし、女の子は譲らない。「いや、2つ、2つ」。

本能で分かっているのだ、「おじいちゃんは自分に甘い」と。か
くしてその子は2つのお菓子を手に入れる。

教育的観点から見れば、このおじいちゃんは孫を甘やかし、わが
ままにするダメなじじぃかもしれない。ただ、女の子の立場に立
って考えると、こうも言えるだろう、「言ってみるもんだ、ダメ
元でも」

幼児は一様にわがままだ。そして大人は案外「わがままな子は困
った子だ」と思っていたりする。

しかし、子どもがわがままでなかったら、その子はもはや「子ど
も」とは言えないだろう。やりたいことを「やりたい」と言える。

欲しいものを「欲しい」と言える。イヤなことは「イヤだ」と主
張できる。

たとえ二度、三度否定されても、諦めずに主張し続けられる。子
ども時代に持っていたそんな聞き分けがなく、物わかりが悪い、
素晴らしい資質を私たちはいつ削ぎ落としてしまったのだろうか。

自分の希望や欲求や夢を、言葉に出す前に自分で勝手に「ダメに
決まっている」と結論を出して、諦めてしまうことってないだろ
うか。

親子関係でも、夫婦関係でも、仕事の中でも、「こうしたい」
「こうしてほしい」と言えばいいのに、言わないで諦めてしまう
のだから、それはたぶん謙遜とか、遠慮とか、協調性というもの
ではない気がする。

たとえば、それまで生きてきた過去の延長上に「今」があると思
っているからではないだろうか。過去はダメだったから、「今」
もきっとダメに違いない。そして、「未来」も・・・・というよ
うに。

断られること、拒絶されること、笑われること、恥をかくことを
私たちはつい恐れてしまう。「断られても恥をかくくらいなら、
最初から言わないほうおがいい」と、聞き分けがよくて、物わか
りのいい人は考える。

最初から諦めて主張しないという習慣に身を任せたほうが気が楽
なのは分かるけど・・・。「ちっちゃいの1つ」なんて言わない
で、「でっかいの2つください」と言ってみる人生もなかなかい
いものだ。

たとえば、「愛も、成功も」とか。意外と神様はあなたに甘いか
もしれない。そして、その2つを手に入れたとき、こう思うだろ
う。

「言ってみるもんだなあ」って。
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今日も素直に自己主張してみましょう。

 

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