働きのレベルを知る ( 121006)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

今週の倫理からです。
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働くことにおいて利他の精神は必要不可欠ですが、この精神を顕
著に表わしたものに奉仕活動があります。

皇居と赤坂御用地で清掃活動などを行なう「皇居勤労奉仕」があ
ります。諸手続きを経た多くの方々が全国より参加し、戦後六十
七年間継続されています。この奉仕活動に参加した会友もいるこ
とでしょう。

始まりは、宮城県栗原郡の青年団員の純粋な日本を愛する心と、
申し訳なさから発した行為でした。終戦直後、国会議員の秘書官
をしていた長谷川峻氏が郷里の栗原に帰った際、皇居周辺が荒れ
果てているという話をしました。それを聞いた青年たちは、皆で
相談し、戦火で荒れてしまった外苑の草むしりなどの清掃活動を
させていただこうと決意します。

終戦直後の昭和二十年十一月、青年団の代表として皇居の坂下門
を訪れた鈴木徳一氏と長谷川氏は、宮内庁の職員に青年たちの思
いを伝えました。職員は二人の話を聴いて感激します。

翌月の十二月八日に第一陣の奉仕団約六十名が、交通機関もまま
ならない中、約二十キロ近く離れた寄宿舎から皇居に通いながら、
すべて手弁当で四日間の奉仕作業を行なったのです。

戦後アノミーが広がり、自分が生きることに精一杯だった当時は、
GHQが目を光らせ、皇室のために奉仕する行為について逮捕さ
れる可能性が大いにありました。それを覚悟していた団員は、宮
城を離れる際、親類と水杯を交わして出発した人、〈皇居をきれ
いに片付けないと日本が立ち直れない〉との意志で参加した人な
ど、様々な思いを抱いて上京したようです。

経緯をお聴きになられた昭和天皇は一言話をしたいと、奉仕活動
をする団員のもとに突然に訪れ、三十分ほど郷里や道中のことな
どを質問されました。御会釈が終わって、感極まった団員たちは
陛下が踵を返しお帰りになる後姿に向って「君が代」を誰ともな
く唄い始めます。陛下は足を止められ、皇居に響く歌声をじっと
お聴きになられていたそうです。その後、全国にこの話が伝わり、
現在のような皇居勤労奉仕へと繋がっていきました。

青年たちの行為は一面、自身を含め親類にも影響が及ぶ可能性の
ある無謀な行為かもしれません。しかし戦後の人世を鑑み、せず
にはいられないとの情念から発した行為は、多くの人に感動を与
え、日本再建の一歩を進むきっかけの一つとなったのです。

働きには様々な段階があります。
①イヤイヤ・ダラダラ、惰性、打算のレベル。
②ガンバリズムに陥り、独りよがりのレベル。
③働く喜びに溢れているレベル。
④働かずにはいられないという感謝報恩のレベル。
⑤仕事そのものが楽しく喜びに溢れ遊んでいるのと同じ感覚のレ
ベル。
です。①②は働き手の心が自分本位の思考傾向があるのに対し、
④~⑥は相手優先の思考傾向であり、利他の精神が強いという違
いがあります。
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今日は働きのレベルを振り返る一日にしたいと思います。

 

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