“もうだめだ”そこから本当の人生がはじまる(130718)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

「もう駄目だ そこから本当の人生が始まる」梶山祐司(元競輪
選手)致知随想より

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二年前、私は通算三十四年に及ぶ競輪選手生活にピリオドを打ち
ました。もともと運動神経がよいほうではなく、走るのも速くは
なかった私にとり、競輪人生は試練の連続でした。

努力が結果に結びつかない現実にも幾度となく直面しました。し
かし、日々の練習や勝負の中で、私は人生の宝物ともいえる掛け
替えのない学びを得ることができたのです。

家が貧しかったため、兄は中学を出てすぐ働きに出ていました。
私も将来を考える時期に差し掛かった頃、たまたま兄に連れてい
かれた競輪場で、人間が自らの力で生み出すスピードの凄さにた
ちまち魅了されました。

こんな素晴らしい世界で日本一になってみたい。強い思いに突き
動かされ、私は競輪選手を目指すことにしたのです。

プロになるためには、まず競輪学校へ入学しなければなりません
が、定員の十倍もの志望者が殺到します。

資質に劣る私は、とにかく人の何倍も練習しようと決意し、多い
日は夜中の一時半からその日の二十一時まで二十時間近く、限界
を超える鍛錬を積んで合格を果たし、入学後も人一倍練習を重ね
てプロになったのです。

当時、競輪選手は四千人以上いました。レースは実力別に七つの
クラスに分けて行われ、これも当時の頂点であったA級一班の百
二十人に入ることを目指してしのぎを削るのです。

もちろん私の目標もA級一班でしたが、とても口には出せません
でした。周りはインターハイの優勝者など、桁外れの脚力の持ち
主ばかり。

一方私は、競輪学校のコンピュータによる体力分析で、プロでは
勝てないと指摘されていたのです。

しかし私の視野には、苦労してプロの切符を手にした競輪の世界
しかありませんでした。

三年やって駄目なら死ねばいい。その代わり命懸けで三年やろう
と決意しました。

早朝に静岡市内の自宅から御前崎まで往復八十キロ、朝八時に再
びサドルにまたがり河口湖まで往復二百キロ、戻ってくると競輪
場で十九時までスピード練習を行い、さらに二十時から大井川方
面まで走って二十二時に帰宅。

少ない日でも一日二百キロ、月六千キロ、年間七万二千キロ、死
にもの狂いでペダルを漕ぎ続けました。私以上に練習した人はお
そらくいなかったと思います。

最初はなかなか勝てませんでしたが、三年経つ頃には努力が確実
に成績に結びつくようになり、八年で念願のA級一班入りを果た
すことができたのです。

コンピュータで筋力は分析できても、人間の気力までは分析でき
ません。気力さえあればデータなど吹き飛ばしてやり遂げること
ができるのです。

しかし、そこからの道のりも決して平坦ではありませんでした。
度重なる練習やレース中の事故で延べ五十本にも及ぶ骨折に見舞
われましたが、そこから再起しました。

一番大きな怪我は頸椎の骨折でした。「もう駄目だ」、何回も何
回も思いました。やめるべきか、再起すべきか。もし再度落車す
れば半身不随の可能性もある。悩みに悩みましたが、再起の道を
選びました。

心の支えになったのが須永博士さんの詩でした。

「“もうだめだ”そこから人生がはじまるのです。そこから本当
の自分をだしきってゆくのです。そこから人間這いあがってゆく
のです。“もう駄目だ”そこからもっともっとすごい強い自分を
つくってゆくのです」

苦しい時、本当の自分が姿を現します。そこで駄目になるのも自
分、もっと凄い自分をつくっていくのも自分。そこから本当の
人生が始まるのです。
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須永博士さんの詩を詠むと、まだまだ本当の自分と出会っていな
いのかもしれないと思います。“もう駄目だ”と思いたくはない
けれど、そこから自分が試されるのも事実のようです。


 

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