泥棒と悪口と、どちらが悪いか(130830)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

「泥棒と悪口と、どちらが悪いか」三浦綾子(作家)『人間学入
門』(致知出版社)より

———————————————————-
これは時折、講演で話すんですが、「泥棒と悪口を言うのと、ど
ちらが悪いか」。私の教会の牧師は「悪口のほうが罪が深い」と
言われました。

大事にしていたものや、高価なものを取られても、生活を根底か
ら覆されるような被害でない限り、いつかは忘れます。少しは傷
つくかもしれませんが、泥棒に入られたために自殺した話はあま
り聞かない。だけど、人に悪口を言われて死んだ老人の話や少年
少女の話は、時折、聞きます。

「うちのおばあさんたら、食いしんぼうで、あんな年をしてても
三杯も食べるのよ」と陰で言った嫁の悪口に憤慨し、その後一切、
食べ物を拒否して死んだ、という話があります。

それと、精神薄弱児の三割は妊婦が三か月以内に強烈なショック
を受けた時に生まれる確率が高いと聞いたことがありますが、あ
る妻は小姑(こじゅうと)に夫の独身時代の素行を聞き、さらに
現在愛人のいることを知らされた。それは幸せいっぱいの兄嫁へ
の嫉妬から、そういうことを言ったのです。

この小姑の話にちょうど妊娠したばかりの妻は大きなショックを
受け、生まれたのは精神薄弱児だったそうです。

恐ろしい話です。私たちの何気なく言う悪口は人を死に追いやり、
生まれてくる子を精神薄弱児にする力がある。泥棒のような単純
な罪とは違うんです。

それなのに、私たちはいとも楽しげに人の悪口を言い、また、聞
いています。そしてああきょうは楽しかった、と帰っていく。人
の悪口が楽しい。これが人間の悲しい性(さが)です。

もし自分が悪口を言われたら夜も眠れないくらい、怒ったり、く
やしがったり、泣いたりする。自分の陰口をきいた人を憎み、顔
を合わせても口をきかなくなるのではないでしょうか。

自分がそれほど腹が立つことなら、他の人も同様に腹が立つはず
です。そのはずなのに、それほど人を傷つける噂話をいとも楽し
げに語る。

私たちは自分を罪人だとは思っていない。罪深いなどと考えたり
しない。

「私は、人さまに指一本さされることもしていません」。

私たちはたいていそう思っています。それは私たちは常に、二つ
の尺度を持っているからです。

「人のすることは大変悪い」「自分のすることはそう悪くない」。

自分の過失を咎(とが)める尺度と、自分以外の人の過失を咎め
る尺度とはまったく違うのです。

一つの例を言いますとね、ある人の隣家の妻が生命保険のセール
スマンと浮気をした。彼女は「いやらしい。さかりのついた猫み
たい」と眉をひそめ、その隣家の夫に同情した。

何年か後に彼女もまた他の男と通じてしまった。だが彼女は言っ
た。

「私、生まれて初めて、素晴らしい恋愛をしたの。恋愛って美し
いものねぇ」

私たちはこの人を笑うことはできません。私たちは自分の罪が分
からないということでは、この人とまったく同じだと思います。
———————————————————-

今日も朗らかに喜んで進んで働きましょう。


 

ページの先頭へページの先頭へ
株式会社ドゥアイネット
は、iOS/AndroidのARアプリ開発とWebシステム開発を中心としたIT関連サービスを提供しているシステム開発会社です。