人は人に言えない悲しみを持って成長していく(130917)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

「感動実話/園長先生との約束」酒井大岳(曹洞宗長徳寺住職)
『致知』2013年10月号特集「一言よく人を生かす」より

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ある書道の時間のことです。教壇から見ていると、筆の持ち方が
おかしい女子生徒がいました。傍に寄って「その持ち方は違うよ」
と言おうとした私は咄嗟にその言葉を呑み込みました。彼女の右
手は義手だったのです。

「大変だろうけど頑張ってね」と自然に言葉を変えた私に「はい、
ありがどうございます」と明るく爽やかな答えを返してくれまし
た。

彼女は湯島今日子(仮名)といいます。ハンディがあることを感
じさせないくらい勉強もスポーツも掃除も見事にこなす子でした。
もちろん、書道の腕前もなかなかのものでした。

三年生の時の運動会で、彼女は皆と一緒にダンスに出場していま
した。一メートルほどの青い布を左右の手に巧みに持ち替えなが
ら、音楽に合わせて踊る姿に感動を抑えられなかった私は、彼女
に手紙を書きました。

「きょうのダンスは一際見事だった。校長先生もいたく感動して
いた。私たちが知らないところでどんな苦労があったのか、あの
布捌きの秘密を私たちに教えてほしい」

という内容です。

四日後、彼女から便箋十七枚にも及ぶ手紙が届きました。ダンス
の布については義手の親指と人差し指の間に両面テープを張って
持ち替えていたとのことで、

「先生のところまでは届かなかったかもしれませんが、テープか
ら布が離れる時、ジュッという音がしていました。その音は私に
しか聞こえない寂しい音です」

と書かれてありました。

「寂しい音」。この言葉に私は心の奥に秘めた人に言えない彼女
の苦しみを見た思いがしました。

十七枚の便箋に書かれてあったのはそれだけではありません。そ
こには生まれてから今日まで彼女が生きてきた道が綿々と綴られ
ていました。

彼女が右手を失ったのは三歳の時でした。家族が目を離した隙に
囲炉裏に落ちて手が焼けてしまったのです。切断手術をする度に
腕が短くなり、最後に肘と肩の中間の位置くらいから義手を取り
付けなくてはならなくなりました。

彼女は、小学校入学までの三年間、事故や病気で体が不自由にな
った子供たちの施設に預けられることになりました。

「友達と仲良くするんだよ」と言って去った両親の後ろ姿をニコ
ニコと笑顔で見送った後、施設の中で三日間泣き通したといいま
す。しかし、それ以降は一度も泣くことなく、仲間とともに三年
間を過ごすのです。

そして、いよいよ施設を出る時、庭の隅にある大きな銀杏の木に
ぽっかり空いた洞の中で、園長先生が彼女を膝に乗せてこのよう
な話をされました。

「今日子ちゃんがここに来てからもう三年になるね。明日家に帰
るけれども、帰って少しすると今度は小学校に入学する。でも今
日子ちゃんは三年もここに来ていたから知らないお友達ばかりだ
と思うの。そうするとね、同じ年の子供たちが周りに集まってき
て、今日子ちゃんの手は一つしかないの?なにその手?と不思議
がるかもしれない。だけどその時に怒ったり泣いたり隠れたりし
ては駄目。その時は辛いだろうけど笑顔でお手々を見せてあげて
ちょうだい。そして

『小さい時に火傷してしまったの。お父ちゃんは私を抱っこして
ねんねする時、この短い手を丸ちゃん可愛い、丸ちゃん可愛いと
なでてくれるの』

と話しなさい。いい?」

彼女が「はい」と元気な明るい返事をすると、園長先生は彼女を
ぎゅっと抱きしめて声をころして泣きました。

彼女も園長先生の大きな懐に飛び込んで三年ぶりに声を限りに泣
いたそうです。
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人は人に言えない悲しみを持って成長していくのだと思います。
今の境遇に感謝しながら、今日も一日朗らかに喜んで進んで働き
ましょう。


 

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