当り前の有り難さに感謝する(140321)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

今週の倫理です。
———————————————————-
「ようやく出た便を、両手に捧げて泣いている妻の姿をうつろに
知った時、私は起き上がれぬまま、グッと熱いものが胸にこみあ
げてきて、両眼から涙がしきりに流れ落ちるのを、どうすること
も出来ませんでした」

これは、脳軟化症を患い、排便が出来ずに、生命の危機に見舞わ
れたA氏の言葉です。

その時、氏は六十二歳。妻の愛情がどんなに深く、有難く尊いも
のであるかを思い知らされました。

医者も諦めた病を、氏は見事に克服し、八十二歳まで元気に働き
ました。「妻は観音様です」という氏の言葉からは、生死の淵に
立って知る妻の愛情への感謝と、謙虚さが伺えます。

また、A氏の体験は、排泄という日々の当たり前のことに対する
見方を変えてくれます。食事と同じように、排泄も尊い生命の営
みです。命を支えてくれる食事に感謝するのと同じように、トイ
レでたとえ一瞬でも、その有難さに思いを至らせ、感謝する気持
ちを持ちたいものです。

*謙虚とは、辞書によれば「控え目で、つつましいこと。へりく
だって、素直に相手の意見などを受け入れること」(『大辞泉』)
とあります。

増上慢的な発言や行動は、それだけ他人を不愉快にさせ、人の善
意を傷つけ、社会の調和を乱してしまいます。

また、慎ましさに内包される素直さがなければ、経営者としての
学びを得られず、事業運営上の必要な情報も的確に捉えることが
難しくなるでしょう。

「今週の倫理」の今月最初の号(八六二号)には、寄附の話が登
場しました。「寄附をしても自分の名前が出ていないと不愉快に
思ったりすることはありはしないか。その底に他人に誇る気持ち
があるのではないか」と述べられています。

本来寄附は、善意で行なわれるもので、自分の善行を世に示すた
めのものではありません。とはいうものの、つい善を誇りたくな
るのが人の常であり、頭では分かっていても、謙虚さを失ってし
まうのが人間でしょう。

A氏のような大苦難に見舞われなくても、日常の中で、どうすれ
ば謙虚な心持ちを保っていけるか。その鍵は、してもらったこと
に気づけるかどうか、にあります。

「内観」と呼ばれる心理療法には、両親やお世話になった人との
関係の中で、「自分がしていただいたこと」「して返したこと」
「ご迷惑をお掛けしたこと」を年数を区切って細かく調べる(思
い出す)段階があります。

初めのうちは、「して返したこと」ばかりが出てくるのですが、
次第にほかの二つを思い出していくにつれて、治療の効果が上が
ってくる、とされています。

自分のしたことを誇りたい気持ちは誰にもありますが、どれだけ
多くの「していただいたこと」に支えられ、「ご迷惑をお掛けし
たこと」を許されて生きてきたのか、その恩に気づき、有難さを
かみ締める時に、謙虚に生きる道が開かれるのではないでしょう
か。
———————————————————-

春分の日。当たり前に感謝しながら休日を楽しみましょう。


 

ページの先頭へページの先頭へ
株式会社ドゥアイネット
は、iOS/AndroidのARアプリ開発とWebシステム開発を中心としたIT関連サービスを提供しているシステム開発会社です。