当り前に感謝する (140426)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

昨日から富山に来ています。以前、研修仲間の友人が集まって出
前研修を行って頂きました。そのシーリズで今日は富山の会社に
集まっての出前研修です。

理念と経営の五月号。連載の「くちびるに歌を持て、心に太陽を
持て」という一節には、いつも目頭が熱くなります。今月号は、
「軽い父」という一節です。全文を紹介します。

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「軽い父」 小檜山 博(作家)

ぼくは父におぶってもらった記憶はあるが、母におぶってもらっ
た記憶がない。これはたぶん二歳くらいまでは母がおぶってくれ
たのを、ぼくが幼くておぼえていないだけだろう。

父がおぶってくれたのが三、四歳になっていたから記憶にあると
いうことに違いない。ともあれ父は一年じゅう、朝早くから夜遅
くまで農作業や馬を使っての丸太の運搬で働いていたのに、よく
ぼくをおぶう暇なんかあったものだ。

父は八五歳のとき肺がんで入院、一ヶ月半の命だと言われた。父
の意識はときどき薄れた。母は二年前に死んでいた。

ある日ぼくが見舞いに行くと父は寝台に寝ていた。ぼくが「俺の
ことわかるかい?」と聞くと父は眼をつぶったまま「わかるさ」
と言ってぼくの名を言った。嬉しかった。それから父は「しっこ」
と言った。ぼくは廊下にあるトイレへ父を連れて行くため、ゆっ
くり起こして背負った。

そしてぼくは父の体のあまりの軽さに驚いた。ぼくが子どものこ
ろ、馬追いや畑仕事で鍛えた父の体は筋肉の塊で、顔も腕も赤銅
色(しゃくどういろ)をした大男だったのだ。

ぼくは父を背負ってトイレへ歩きながら父を元気づけようと「重
いな」と言った。すると父は弱々しい声で「軽いさ」と言った。

よろける父をトイレに立たせ、ぼくは父のパジャマのズボンの前
をあけて父のものをつまみ出し「さ、父ちゃん、しっこ」と言っ
た。言うと突然、ぼくは泣きそうになって困った。ぼくは五二歳
だった。

おそらく父はぼくの子どものころ数えきれないくらいおしっこを
させてくれ、何回もおぶってくれたはずなのだった。それから六
日後、父は死んだ。そのときぼくは自分が父を背負ったのも、お
しっこをさせたのもたった一回きりだったことを思って少し泣い
た。
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この一節に出てくる主人公も五二歳です。ぼくも同じ歳ですが、
父を背負ったことがありません。少し父に思いを馳せた時間でし
た。両親あっての私たちですね。親孝行できるときに実行してお
きたいものです。

当たり前に感謝し、良い休日を過ごしましょう。


 

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