時間の活用法 (140606)

 

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。
今週の倫理です。
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歯の治療にゆく。患者が大勢いるので、待たねばならぬ。覚悟は
してきたものの、用事は山ほどあるので、いらいらしてくる。時
計を見上げては、まだかまだかと気をもむ。ようやく自分の番。
だがものの数分とかからぬあっさりした診察。がっくりしたよう
な気持ちで帰途につく。
以上は一例であるが、人生には待たねばならぬことがずいぶんと
ある。乗りもの、見せもの、売りもの(買いもの)……、順番や
時機やチャンスや、そのほか数えあげてみると、きりがないほど
待つ時間が多い。人生の五分の一ぐらいは、何やかやで、待って
暮らさねばならぬのではないか。
もっとも成功するのを待つとか、死を待つとかいう問題を加える
と、人生の大半、いやそのすべてが待つ時間だともいえる。死を
好んで待つ者はいないだろうが、じつのところ、みな墓場に行く
のを待っているのだ。
待つ時間は、わがままを捨てる。稽古のときである。急患でない
かぎり順番が来なければ歯の治療はしてくれないのだから、いか
にジタバタしたところで何の役にもたたぬ。その間、何か為にな
ることをやっておればよい。それを辛抱とか、我慢とかするのは
おろかである。では何をやるのか。
待っている時間というものは、すくなくとも自分の時間だ。本を
読む。考えごとをする。何でも自分の勝手にできる。座禅をくむ
つもりになったらどうか。
腰かけていようと立っていようと、とにかくこの時間を十分に利
用して、生活プランの再検討をするなり、明日のしごとの段どり
を練り直すなり、フルに活用してはいかがか。それができなけれ
ば、無念無想になる稽古でもしたらどうか。
あれこれと生じてくる雑念を、もう一歩高い立場で、よく見つめ
る。なぜ、そうした雑念がおこってくるのか。今自分がもっとも
気にしていることは何なのかなどと反省してみる。金がほしいと
思っている。では、どうしたらもうけることができるか。
逆に節約できるものはないか。こうしたことは雑念とはいえない
かもしれないが、改めて検討してみるのもよかろう。
さらには数歩すすんで、「いつまでもその時が来るまで待つ」と
いう強い精神を養うチャンスだと、よろこび勇むことはできない
か。ここに、わがままを捨てる稽古の意義があると思い直すこと
はできないものか。
人は誰でも死を待つ身なのである。いつかは死なねばならぬ。お
ぎゃあと生まれたときから、自分の死を待ちながら、生きている
のがお互いだ。死に急ぐ必要もない。だが死について、人間はそ
の待つ時間を、なんとかしてひきのばそうと努力する。皮肉なも
のだ。
平均寿命が伸びたといっても、百年も二百年も伸ばせそうにない。
だから死を待つ自分として、それまでの生の時間をいかに活かす
かというのが私たち共通の問題である。つまり、いかに充実して
生きるかである。
———————————————————-
6月のテーマは時間の活用法です。時間という資源は万人に与え
られた平等の資源です。どう使おうと自分の勝手かもしれません。
しかし、時間の使い方で幸不幸に分かれるのも事実です。
時間の使い方を見直してみましょう。

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

 

今週の倫理です。

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歯の治療にゆく。患者が大勢いるので、待たねばならぬ。覚悟は

してきたものの、用事は山ほどあるので、いらいらしてくる。時

計を見上げては、まだかまだかと気をもむ。ようやく自分の番。

だがものの数分とかからぬあっさりした診察。がっくりしたよう

な気持ちで帰途につく。

 

以上は一例であるが、人生には待たねばならぬことがずいぶんと

ある。乗りもの、見せもの、売りもの(買いもの)……、順番や

時機やチャンスや、そのほか数えあげてみると、きりがないほど

待つ時間が多い。人生の五分の一ぐらいは、何やかやで、待って

暮らさねばならぬのではないか。

 

もっとも成功するのを待つとか、死を待つとかいう問題を加える

と、人生の大半、いやそのすべてが待つ時間だともいえる。死を

好んで待つ者はいないだろうが、じつのところ、みな墓場に行く

のを待っているのだ。

 

待つ時間は、わがままを捨てる。稽古のときである。急患でない

かぎり順番が来なければ歯の治療はしてくれないのだから、いか

にジタバタしたところで何の役にもたたぬ。その間、何か為にな

ることをやっておればよい。それを辛抱とか、我慢とかするのは

おろかである。では何をやるのか。

 

待っている時間というものは、すくなくとも自分の時間だ。本を

読む。考えごとをする。何でも自分の勝手にできる。座禅をくむ

つもりになったらどうか。

 

腰かけていようと立っていようと、とにかくこの時間を十分に利

用して、生活プランの再検討をするなり、明日のしごとの段どり

を練り直すなり、フルに活用してはいかがか。それができなけれ

ば、無念無想になる稽古でもしたらどうか。

 

あれこれと生じてくる雑念を、もう一歩高い立場で、よく見つめ

る。なぜ、そうした雑念がおこってくるのか。今自分がもっとも

気にしていることは何なのかなどと反省してみる。金がほしいと

思っている。では、どうしたらもうけることができるか。

 

逆に節約できるものはないか。こうしたことは雑念とはいえない

かもしれないが、改めて検討してみるのもよかろう。

 

さらには数歩すすんで、「いつまでもその時が来るまで待つ」と

いう強い精神を養うチャンスだと、よろこび勇むことはできない

か。ここに、わがままを捨てる稽古の意義があると思い直すこと

はできないものか。

 

人は誰でも死を待つ身なのである。いつかは死なねばならぬ。お

ぎゃあと生まれたときから、自分の死を待ちながら、生きている

のがお互いだ。死に急ぐ必要もない。だが死について、人間はそ

の待つ時間を、なんとかしてひきのばそうと努力する。皮肉なも

のだ。

 

平均寿命が伸びたといっても、百年も二百年も伸ばせそうにない。

だから死を待つ自分として、それまでの生の時間をいかに活かす

かというのが私たち共通の問題である。つまり、いかに充実して

生きるかである。

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6月のテーマは時間の活用法です。時間という資源は万人に与え

られた平等の資源です。どう使おうと自分の勝手かもしれません。

しかし、時間の使い方で幸不幸に分かれるのも事実です。

 

時間の使い方を見直してみましょう。

 


 

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