生きることは働くこと ( 140719)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

今週の倫理です。
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昨年の冬、Mさんの妻がインフルエンザで数日間寝込んでしまい
ました。Mさんは、妻の代わりに、幼稚園と小学校に通う三人の
子供たちのため、すべての家事をこなすことになりました。

早朝に起き出し、朝食と弁当の準備、家に帰って掃除、夕食の準
備と後片付け、寝る前に洗濯、学校からの連絡処理・・・。要領
を得ないMさんの家事は「悲惨」の一語に尽きたといいます。し
かし、この家事体験から学んだこともありました。

第一に、仕事の工夫についてです。洗濯一つとっても、シワにな
りにくい洗い方、乾きやすい干し方、タンスから取り出しやすい
畳み方、効率の良い手順があることを妻から教わり、職場での自
分の仕事ぶりを反省しました。

第二に、働きの意義についてです。普通、働けば報酬が与えられ
るものですが、家事には金銭的な報酬はありません。しかし、こ
れがなければ、子供の生活もMさんの職場生活も成り立たなくな
ります。報酬を得られないけれども、尊い働きが世の中にはある
ことを改めて実感したのです。

回復した妻に、Mさんが感謝と労いの声をかけると、意外な言葉
が返ってきました。それは、「寝ているだけで何もすることのな
い方が辛い」というものでした。

倫理法人会の基本テキストである『万人幸福の栞』第十条には、
次のような、いささか強い指摘があります。

職を止めると、間もなく死んでしまう人の多いのは、仕事がなく
なると同時に、気がぬけてしまうからである。

仕事の第一線から退き、退職をした後に必要なことは、「キョウ
ヨウ」と「キョウイク」だといわれます。「教養」「教育」とい
う漢字を当てはめてしまいそうですが、これは、生涯学ぶ大切さ
を指したものではなく、「今日、用」がある、「今日、行く」所
があるということを意味するそうです。

〈今日一日、何の用事もなく、行くあてもない〉・・・このこと
が人にとってたまらなく寂しいことであるのなら、また、どんな
些細なことでもやることがあって、〈誰かの、何かの役に立ちた
い〉という思いが人の自然な情だとしたら、先の語呂合わせも笑
いごとでは済まされない重みを持つでしょう。

それは、人間にとって「働く」ということが、日々の糧を得るた
めであると同時に、自分の存在の証でもあるからです。

つまり、総じて利他的な営みである働きには、相手のためである
以上に、自分自身の「生」を支えているということです。これが
喜びでないはずがありません。だから、「働いている時が、ほん
とうに生きている時」なのです。

金銭の報酬はなくとも、家族のために働く家事も立派な仕事。M
さんの妻の生きがいもそこにあるのでしょう。

一日の働きの第一歩は、朝の起き方にほかなりません。目覚める
と、思わず笑みがこぼれ、ワクワクするような、そんな生き方を
目指したいものです。
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今日から三連休。よい休日をお過ごしください。さあ、今から現
場入りです。がんばります。


 

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