偏見は誰にでもある (141028)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

感性論哲学 芳村思風先生の一言です。

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「偏見は誰にでもある」
肉体がある限り、偏見はなくならない。偏見は、間違った考え方
ではない。ある一定の方向から見た正しい考え方。どんな考え方
もすべて偏見です。だから偏見をなくすのではなく、偏見である
ことを自覚することが大切なのです。

自分にも偏見があることを自覚している人は少ない。理性的に合
理的に判断して、正しい判断をしていると思っている人は、自分
に偏見がないと思っている。実はその人はすべてを合理的なもの
へと歪めてしまう偏ったものの見方をしているのです。

人間には、肉体があるので、肉体のある方向からしか見ることが
できません。本当の実体や全体はわかりません。科学も一部分の
領域しか見ていません。実体は、全分野、全領域がからみあって
います。だから学問も偏見なのです。

人間が偏見を超えるためには、偏見を無くそうとはせずに、自分
には偏見があるという現実と事実を自覚し、認めることから出発
しなければいけません。

「3人寄れば文殊の知恵」というのは、主観的な物の見方(1人
称)・客観的な物の見方(2人称)そして第3者的な物の見方
(3人称)の3つの考え方をあわせて考えることで、より良い考
え方になるということなのです。

自分の考え方と違う2つの考え方のいいところを統合して、より
良い考え方に成長させるということなのです。

自分の考え方は、偏見であると自覚することが大切であり、偏見
をなくそうとする必要はないのです。
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1人称であれば、「私が」「僕が」の「我」の偏見になってしま
います。偏見の自覚が大事です。何事も自己の自覚が、物事を判
断する指標になるようです。

今日も自分を自覚し、充実した働きを行っていきましょう。


 

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