人生の肯定と否定 (150404)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

今週の倫理より
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物価はどんどん高くなる。乗りものに乗っても、食堂に行っても、
何を買っても高いという感じが消えない。ストがはじまり、人件
費があがり、そしてまた諸物価にはね返る。

こうした経済上のいやなこと、困ったことなどに直面して、どの
ような心がまえでいるべきか。そのほか天災、地変もあれば、泥
棒にあったり、病気にかかったり、会社がつぶれたり、人に裏切
られたり、さまざまな問題もある。こうしたすべての出来ごとに
たいして、まず私たちは、どのようにあるべきなのか。

簡潔にいおう。私たちはまず、こうしたものを肯定することだ。
よしとして受け入れることだ。しっかと、わが胸に、心に受け止
めることである。といえば、ただちに疑問が湧こう。物価はうな
ぎ昇りに高くなるままでよいのか。病気になったら、治さなくて
もよいのか。火事にあっても、泥棒に入られても、それでもよし
とじっと我慢するのか。

もちろんそうではない。肯定とか、受けるとかいうのは、そのま
まほうっておくというのではない。当然よくもないものはよくな
いのだし、直すべきものは、直さねばならぬ。法を犯す者を、そ
のままほっておいてよい道理はないのである。

ここに肯定するとは、すべての出来ごとを、まずそのまま捉える、
そのとおりにキャッチするということだ。雨がふったら、その雨
降りというできごとを、正しく受けとめるのである。そして傘を
ちゃんとさして出かける。嵐になれば、そのことをそのまま肯定
する。そして風を防ぐようにする。雨が降り、風がふいているの
に、そうではないなどと否定したところで、どうしようもあるま
い。

すべて原因があって結果が生ずるという因果律の法則は、自然界、
人間界のすべてにあてはまるのであるから、目の前の現象を、ま
ずそのまま肯定し、受け入れるのでないと、正しく対処すること
はできない。台風は起こるべくして起こっているのだから、はじ
めからこれを否定していると、正しい措置をとることが難しくな
る。

私的感情を雨や台風にぶっつけていても、役にたたぬ。この意味
では、あらゆる苦難にたいし、「そう来たか、よろしい、では、
こうしよう」という心がまえで、まずその苦難を肯定し、つぎに
どうするかを研究することだ。これを「よろこんで苦難にあたる」
という。

苦難をいやがり、きらい、おそれ、逃げまわるというような否定
的態度では、じつはその苦難によって与えられるべき数々のプラ
スを失ってしまうことになる。

病気などは人生の最大不幸のひとつだが、病気にかかったら、
「この病気にかかった。よろしい。これも原因があってなったの
だから」とまず肯定して、ではこうしようと心がまえをきめるこ
とだ。これに反し、その病気をきらい、おそれ、心配ばかりして
否定していると、ますます病気は重くなり、正しい解決法ができ
にくくなる。(月刊『新世』一九七七年三月号より)
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今日も、肯定していきましょう。


 

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