いざという時にどうするか (151003)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

今週の倫理より
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本人の意志や真情などに反して、思いがけなく起こる困った(不
幸な)できごとを事故という。この事故は日常生活にしばしば起
きる。予想もできないようなことが、突然に起きる。

乗りものには、いつも危険がつきまとっているのだが、このほか
地震、火事、盗難、急病その他による事故の種類は数え切れぬほ
どだ。そうした事故に出会ったら、いったいどうしたらよいのか。

事故の種類は数限りないほどあるのだから、それから逃れる手段
もまた、実にさまざまである。地震がおきたらすぐ火を消すとか、
ガスの元栓をしめるとか、また頭から何かかぶるとか、机の下に
もぐりこむとか、いろいろだ。しかしそうしたさまざまな手段方
法の、もうひとつ根本になるもの、すべてに共通するもの、それ
を知っておくことが必要となる。それは何か。

サッとひらめいた第一感によって行動する! これである。「落
ちつけ」とひらめいたら落ちつくのだ。「急げ」と心が叫んだら
急ぐのだ。「よくあたりを見廻せ」とパッと来たらただちにそう
する。「ガスの元栓をしめろ」と浮かんだらすぐそうする。「前
にかがめ」と出たら、そのとおりにする。

「なあんだ、そんなことか。それでいいのか」などと馬鹿にする
なかれ。とっさの場合には、それしかなく、またそれが最も頼り
になるのである。せっかくパッとひらめいても、ぐずぐずしてい
ては、取り返しがつかなくなろう。

冷静な第一感は、天から降り、地から湧く叡智(えいち)なのだ。
あわてたり、怒ったり、悲しんだり、怨(うら)んだりして心が
動転していると、こうした第一感がひらめかなかったり、また、
まちがった判断となったりして身を誤る。

いざの時は、あわてもしよう。動揺もしよう。しかし「ここだ」
と雑念を捨てる。その瞬間、ひらめくものが必ずあるのだ。

「きれいさっぱり、あきらめよ!」とピンときたら、それはそれ
でよいのである。死を覚悟したために、あわてる心が消え去って、
開いた扉からゆうゆうと外へ出、九死に一生を得た例もある。

神の眼からみて、本当にだめなときは、何としてもだめであろう。
それなら、それでよい。やむを得ないのだ。しかし、せっかく叡
智が「こうしなさい」と教えているのに、それに反抗する必要が
どこにあるのか。

「すぐ警察にとどけて処置を仰ごう」とピンと来たのに「まあ、
まあ、名誉にかかわることだから隠しておけ」と、次に出た欲心
に目がくらみ、取り返しのつかなくなった例などはあまりに多い。

「これが果たして第一感なのか」と迷うこともあるだろう。第一
感と思っても正確手でないことがあるのは、勝負ごとの手段を選
ぶときに、しばしば経験する。しかし第一感かどうかと迷ってい
るようでは、それは第一感ではないと知るべきである。

私欲に心がにごっているときは、まちがった判断が生ずる。また
平素気がついてもひきのばしを繰り返していると、いざのとき正
しい判断はひらめかない。(月刊『新世』一九八二年六月号より)
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いざという時どうするか。自分の第一感を働かせる。その為には、
朝起きです。目が覚めたらパッと起きる。そこに叡智が現れます。

今日も、自分の第一感に意識を向けてみましょう。


 

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