伝統文化を守る (151120)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

今週の倫理より
———————————————————-
一昨年、「おもてなし」という言葉が流行語大賞に選ばれました。
これは二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック招致のため
のプレゼンテーションで、滝川クリステル氏が発した言葉です。

「お・も・て・な・し」という言葉とお辞儀のジェスチャーは、
世界中の人々に、好印象を与えたのではないでしょうか。

「おもてなし」は、日本人の精神を象徴した言葉の一つです。日
本には、先人たちが大切にしてきた精神が長い歴史の中で育まれ、
洗練され、今に息づいています。

ところが、今から七十年前、日本は占領下に置かれ、GHQ(連
合国軍最高司令官総司令部)により、教育をはじめ、様々な分野
が規制・監視された時期がありました。その規制の対象は、伝統
文化の一つである「将棋」にまで及ぼうとしていたのです。

ある日、GHQから将棋界の代表者に出頭が命じられます。呼び
出されたのは、独創的な指し手、キャラクター、数々の逸話で知
られる、将棋界の鬼才・升田幸三棋士でした。

軍服を着た四、五人と通訳一人に対し、日本側は升田棋士一人で
す。やがて質問が始まりました。

「日本の将棋は、取った相手の駒を自分の兵隊として使用する。
これは捕虜の虐待であり、人道に反するものではないか」

ここを突いてくるだろうと覚悟していた升田棋士は、次のように
答えました。

「日本の将棋は、捕虜を虐待も虐殺もしない。つねに全部の駒が
生きておる。これは能力を尊重し、それぞれに働き場所を与えよ
うという思想である。しかも、敵から味方に移ってきても、金は
金、飛車なら飛車と、元の官位のままで仕事をさせる。これこそ
本当の民主主義ではないか」(升田幸三自伝『名人に香車を引い
た男』中公文庫より)

一連のやり取りが五、六時間続き、将棋は守られたのでした。将
棋の歴史を辿ると、古代インドのチャトランガ(ボードゲームの
一種)を起源とし、西に流れてチェスに、東に流れて将棋となっ
た、という説が有力です。

インドから中国を経て、日本に伝わり、長い歴史の中で独自の発
展を遂げ、「駒の再使用」というルールが生まれました。升田棋
士は、そうした将棋の伝統に潜む日本文化の本質を理解し、強い
自負心を持っていたからこそ、堂々と主張することができたので
しょう。

倫理研究所では、会員が心にとどめ、目標として向かうべき事柄
として、次のような「信条」を掲げています。

「我等は、日本文化の本質を明らかにし、世界の文化を摂取して、
生活の向上に努めます」

日本には先人から受け継がれてきたたくさんの伝統が存在します。
将棋のように、海外から伝わり、日本独自の文化として変容した
ものもあります。歴史の中でさまざまな試練を乗り越え、磨かれ、
紡がれた日本文化の本質を認識し、尊ぶところから「生活の向上」
の一歩は始まるのでしょう。
———————————————————-

歴史に学ぶことで、未来を創り出すことができます。歴史を学ん
でいきましょう。


 

ページの先頭へページの先頭へ
株式会社ドゥアイネット
は、iOS/AndroidのARアプリ開発とWebシステム開発を中心としたIT関連サービスを提供しているシステム開発会社です。