物の整理は心の整理 (151203)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

今週の倫理より
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物の整理は、こうしたらよいと分かりやすいが、心の整理となる
と、案外わかりにくい。病気になった時、人手がなくなった時、
事業が行き詰まった時、子どもが言うことをきかない時、妻また
は夫が家出をした時、愛する人に死に別れた時……、その他いく
らでもある。

心が整理できない時には、身のまわりの物を整理していると、心
のほうが整理できてくることもある。乱雑な部屋にいると、心も
そのとおりになって、すっきりとしない。だから「物の整理は心
の整理」とも言われるのだが、実際の生活では、どのように心を
整理したらよいのか。

火山の近くに住む人々にどのような心がまえで噴火にそなえてい
るかと聞いてみると、ほとんどの人が心の整理をしていないのに
驚く。

多くは「その時はその時さ」とか「噴火などオレが生きている時
には、まあ、ありっこない」とか平然としていたり、活火山のす
ぐ近くにリゾート地域を開発しようとしていたり、へんな心の整
理をしている向きもある。二、三百年の間をおいて大爆発をした
火山の例もあるのだ。

病気は誰でも嫌であろう。しかし病気にかかる時もある。その時
はどういうように心を整理しているか。歯が一本欠けても困るし、
皮膚がすりむけても痛い。足がフラつく、心臓がおかしい、胃に
しこりがある…。

健康な時は平気だが、いったん病気にかかると、かなり動揺する
ものである。その時、どのように心を整理すればよいのか。これ
ができていない。

病院の待合室にいる人々の顔が暗いのは、苦痛や待ち時間の長い
ためばかりではない。

生活倫理とは、心の整理のことである。倫理といえば、すぐに堅
くるしいものと考えたり、難しいものと思いこんだりされやすい
が、心を整理し、整頓することだと見なせば、これは毎日朝から
晩まで必要なことであり、仕事のことは申すに及ばず、食事、入
浴その他にわたって暮らしの根本になることだと容易に理解でき
よう。

病気にかかっている当人もたいへんだが、その看護にあたってい
る人は、なおさら大変だといえよう。そうした場合の心の整理は
ついているであろうか。

病気のことは、その他の苦難に通ずるといってよい。人が自分の
思いどおりにならないという苦痛があれば、それに対する心の整
理をまずはっきりさせることだ。

人を変えさせようとするほうが先なのか。それとも、まず自分の
変わるべきところはないかと研究することが先なのか(必ずしも
妥協するとの意味ではない)。そしてどのように心を整理して臨
むのか。

こうした心の整理は、すべての社会生活、経済生活、政治生活、
芸術生活に欠くことはできない。もちろん整理された心のとおり
に、なかなか実行できないという場合もある。そこに悩みもまた
生ずるのであるし、そうした人々も多いことであろう。

しかしそうした場面にあっての、そのまた心の整理もある。深く
深く、高く高く、心の整理をはかり、積み重ねてゆく。それがま
た人生なのだ。そうしてとくに死に対する心の整理をはっきりさ
せるところまで及びたい。(『丸山竹秋選集』より)
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年末の大掃除。心の掃除もしっかり行っていきましょう。


 

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