倦怠期は愛情の沈潜期 (160331)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

今週の倫理より
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夫婦のあいだに、倦怠期がくるというのは、愛情のある証拠とい
えましょう。なぜならば、倦怠期すなわち飽きがくるということ
は、以前は愛情がこまやかだったけれども、今はうんざりして、
それほどでもなくなっている、ということにほかならないからで
あります。

いいかたをかえると、仲がよいから倦(あ)きがきているのです。
すなわち、夫婦の倦怠期とは、愛情の沈潜期(ちんせんき)であ
ります。愛の休憩期といってもよいでしょう。和合の状態が一段
落して、つぎの前進への準備にとりかかっている時期である、と
もいえるのです。

日本をはなれて、しばらく外国に行っていると、日本のよさがつ
くづくと偲ばれます。日本のよさの中に、はまりこんでいると、
日本のよさがわからなくなってきます。これも一種の倦怠期に陥
っていることになります。太陽の恩恵などにいたっては、人間は
ほとんど倦怠期づくめで、無自覚のまま、すごすことが多いとい
ってもよいでしょう。

倦怠期にある夫婦は、おたがいの良さの中に酔いしれて、意識不
明になりかかっているのですから、思いきって、つめたい水でも、
かぶってみたらよいのです。つめたい水をかぶれとは、「目をさ
まし、心の窓をひらいて、相手を客観視せよ」というのです。

いつも聞いている相手の声……それは、いつも変わらない音声の
ようでも、じっときいていると、あるときは、調べ高く、あると
きは、やさしさにあふれていることに、気づきます。ただ、いま
の自分がそれに気がつかない、発見できない、というだけにすぎ
ません。

倦怠期とは、相手のすばらしさを、さらにさらに、たくさん掘り
だすべき時期ということになります。たんなる倦怠期として終わ
らせるか、あるいは、自分が芸術家のようになって、相手の中に
よりすばらしいところを見つけだすか、いずれも、あなたの自由
であります。それはちょうど、苦難をたんなる苦難として終わら
せるか、あるいは、苦難は幸福にいたる門であると自覚して、雄
々しく踏みいだすかどうかが、あなたの自由であるのと同じです。

自分の配偶者に、真の「美」を発見する、あるいは相手のすばら
しさをみつける、ということは、自分がそれだけ芸術家になると
いうことです。具体的には、あなたの配偶者を、あらためて、よ
く見直すということによって始まるのです。じっと見ていると、
その糸口は見つかります。それを、ひとつひとつ、ほぐしてゆく
のです。これを「客観する」というのです。

このようにして、ふたたび愛情の源泉にかえりつきますと、その
内容は以前よりも、さらに高くもなり、深くもなり、豊かなもの
になってゆくのです。

最後に一言、あなたの配偶者は、あなたが現在知っているより以
上の、すばらしさ、よさをもっていることを、断言します。あな
た自身も、今のあなたが自覚している以上に、よいところすばら
しいところをもっているのです。人はその面では、だれでもお互
いに認識不足者であるといってよろしいでありましょう。
(『ここに倫理がある』より)
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夫婦の間柄を言っていますが、会社の仲間や上司・部下との間も
同じ事が言えます。会社に当てはめてもいいかもしれません。隣
の芝生は常に青く見えるものです。誰もが長所半分短所半分です。

今日も、人の長所に意識を向けていきましょう。


 

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