壮という時期は学んだという錯覚を起こしやすい (160629)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

致知7月号の対談記事に、「言志四録」の事が書かれていました。
言志四録というのは佐藤一斎が書かれた書物で、今も尚読み継が
れています。

「言志四録」の中に次のような文章があります。
「少(しょう)にして学べば、則(すなわ)ち壮(そう)にして
為す有り。壮にして学べば、則ち老(ろう)にして衰えず。老に
して学べば、則ち死して朽ちず」

現代語に訳しての意味は、(少年の時に学んでいれば、壮年にな
ってそれが役に立ち、何事か為すことができる。壮年の時学んで
いれば、老年になって気力の衰えることがない。老年になっても
学んでいれば、見識も高くなり、より多く社会に貢献できるから
死んでもその名の朽ちることはない)

対談記事より抜粋
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ここで一番重要なのは、真ん中の「壮にして学べば、則ち老にし
て衰えず」という言葉です。壮というのはだいたい30代から6
0代くらいでしょう。みんな学んでいると思っているんですよ。

しかし、実際には学んでいなくて、その証拠に定年を迎えた途端
にポカンとしてしまう人が多いじゃないですか。結局、毎日仕事
はしていたけれども、言われたことや決められたことの繰り返し
で、真に学んでいない。壮というのは学んだという錯覚を起こし
やすい危ない時期なんですよね。
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この記事を読んで、ドキッとしました。僕自身、壮の時期であり、
本当に学んでいるのだろうか。学んだ気になっているのではない
か。といった戒める気持ちになりました。

記事にも書かれていましたが、「なぜ本を読まなければならない
のか」。一つは常識が身につくことと、もう一つは、人間に厚み
ができる。ということと言っています。

切羽詰まった時にいかに正しい決断ができるか。それは知識では
なく教養だとも言っています。

今日も、人間的な厚みができるように取り組んでいきましょう。


 

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