多数決を超えて (160802)

親愛なるみなさん、おはようございます。今日もツイてます。

感性論哲学、思風会通信より
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「多数決を超えて」

東京都知事選挙が終わった。このメールが届くころには、新しい
知事が誕生している。参議院選挙も都知事選でも、政党の在り方
が変わり、政党なき政治へと確実に向かっているのが感じられる。

近代民主主義社会では、多数決がものごとを決める手段とされて
きた。イギリスの哲学者j・ベンサムが「最大多数の最大幸福」
という考え方を主張し、「多数の人が賛成し求めるものが善であ
り正しい」という思想を発表して以来、多数決原理が哲学的根拠
を得て普及した。

現実的には、数さえ集めれば勝てるし、思い通りになるという考
えから、善悪や正邪の判断を超えて、とにかく数を集め多数決に
勝つためだけに集まる「数の暴力」がまかり通る事態になってし
まっている。

政治においては多数決原理を根拠にして政党が作られ、量の政治
である政党政治が確立された。

政党政治は、政党が政権をとるために、権力闘争に明け暮れてき
た。国会においても、野党は見るに堪えない、聞くに堪えない醜
い与党批判を繰り返す。これでは国会議員の人間性は劣悪化せざ
るをえない。

多数決原理は、常に相手を説得して、自分と同じ考え方の人間を
増やそうとして画一化を進め、人間から個性を奪う。

時代は大変革期であり、すべての分野で原理的変革が求められて
いる。時代を支配してきた量的な多数決という決め方から脱却し
て、意見の質を重視しながら最終的に結論に導く新しい議論の方
法を創造しなければいけないときを迎えている。

それが感性論哲学が提案している「統合的集約原理」である。

人間は誰でも不完全で、どんな立派な人でも、自分の肉体がある
場所からしかものを見ることができない。人間である限り肉体の
あるところでしか判断できないから、考え方は片寄り偏見からは
脱却できない。

生きた現実は、自分の見方と相手の見方と第三者の見方という3
つの目を統合しないと正しくは捉えられない。

これが「三人寄れば文殊の知恵」といわれることの根拠である。

現実の対立意見は、実は相互補完的な関係にあり、どちらか一方
が正しいのではない。両方ともが正しく、また両方が必要であり、
両者を統合することによって正しい考え方や認識に近づくことが
できるのである。

自分と同じ考えの人間を増やすために説得するという理性の使い
方ではなく、自分と異なる意見から学び、対立する相手からも学
んで、自分の考えを成長させるために対話を繰り返すという理性
の使い方をする。

これを「発展的解消の論理」という。これが統合と個性の時代の
ものごとの決め方であり、議決方法である。

宇宙もプラスとマイナスのエネルギーが、反発するのではなくお
互いに助けあうパートナーとなって宇宙の秩序を創り続けている。

私たちは、多数決を超えて統合能力を磨く必要があるのです。

芳村思風
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三人寄れば文殊の知恵。素晴らしい言葉だと思います。意見を統
合させる能力が求められます。


 

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